「仮面舞踏会」(横溝正史)

金田一耕助の事件簿070

横溝正史七十二歳にして完成させた一大傑作

「仮面舞踏会」(横溝正史)角川文庫

「仮面舞踏会」ver.2
「仮面舞踏会」ver.1

避暑地・軽井沢で起きた殺人事件。
被害者は有名な映画女優・
鳳千代子の三番目の夫だった。
しかし千代子の前夫であった
男二人が、この二年間、
謎の死を遂げていた。
彼女の五番目の夫である
大財閥・飛鳥忠熈は、
事件解決を金田一に…。

横溝正史「仮面舞踏会」を再読しました。
1974年に書き下ろされた、
文庫本にして570頁に及ぶ
大長編の本作品、
横溝正史七十二歳にして完成させた
一大傑作です。
戦後まもなくの「獄門島」
「八つ墓村」のような
おどろおどろしさをあえて抑え、
どろどろとした血縁を背景とした
人物配置はより一層緻密化させ、
それまでの傑作群とは明らかに
一線を画した作品となっています。

【事件簿File-070「仮面舞踏会」】
〔事件発生〕
昭和35年8月(長野・軽井沢)
〔依頼人〕
飛鳥忠熈
…元公爵の御曹子。神門財閥総帥。
 戦後財界で頭角を現した。
 交際中の女性の元夫の
 死亡した事件に関して、
 金田一に調査を依頼する。
〔捜査関係者〕
日比野警部補
…軽井沢署捜査主任。
 まだ若く功名心にはやる。
近藤刑事・古川刑事・木村刑事
…軽井沢署刑事。
山下警部…長野県警警部。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
〔事件関係者〕
鳳千代子
…過去四回の結婚歴を持つ映画女優。
 現在、飛鳥忠熈と交際中。
 三十六歳。
笛小路泰久
…千代子の一番目の夫。
 一年前にプールで死亡。
笛小路美沙
…千代子と泰久の娘。
 病弱のため小学校に通っていない。
笛小路篤子
…泰久の継母。美沙を育てる。
阿久津謙三
…千代子の二番目の夫。新劇俳優。
 一昨年事故死。
槙恭吾
…千代子の三番目の夫。洋画家。
 何者かに殺害される。
津村真二
…千代子の四番目の夫。作曲家。
 槙恭吾の死体発見以降、行方不明。
桜井熈子
…忠熈の娘。夫の女遊びに心を痛める。
桜井鉄雄
…熈子の夫。神門産業の幹部候補として
 忠熈の信任が厚い。
秋山卓造
…忠熈の忠実な部下。終戦時、陸軍大尉。
 忠熈を命懸けで守ろうとする。
多岐
…飛鳥家の老女中。
的場英明
…考古学者。忠熈へ発掘旅行の
 費用捻出を持ち掛ける。
村上一彦
…忠熈が目をかけている青年。
 的場英明の弟子。
立花茂樹
…音楽学生。津村真二の弟子。
 村上一彦の友人。
里枝
…笛小路家別荘のお手伝い。
藤村夏江
…阿久津謙三に捨てられた女。
 元新劇女優。
樋口操
…藤村夏江の先輩。
 事件のあったバンガローの所有者。
 事件に異様に興味を持つ。
根元ミツ子
…槙恭吾の別荘のお手伝い。
 死体の発見者。
藤田欣三松村まさる
…Q大生。
 笛小路の事件について証言する。
佐助
…正体不明。
 千代子と関係があるらしい。
田代信吉
…心中未遂した破滅型の音楽学生。
 立花茂樹の友人。
小宮ユキ
…肺病を持つ踊り子。
 田代信吉と心中、死亡。
殺し屋スタイルの男
…全身黒ずくめ。
 津村が好んだ服装と同じ。
 忠熈を狙撃する。
〔事件に関わらない登場人物〕
飛鳥元忠
…公爵。忠熈の父親。
 反乱軍に射殺された。
神門雷蔵
…神門財閥創始者。故人。
飛鳥寧子
…雷蔵の娘。忠熈と結婚。故人。
桜井熈寧
…鉄雄・熈子の息子。イギリス留学中。
鳳千景
…千代子の父親。日本画の大家。故人。
鳳歌子
…千代子の母親。
 新橋の名妓と言われた女性。故人。
高松ちか女
…歌子の友人で、
 千代子が預けられていた。
笛小路泰為
…泰久の父親。故人。泰久は妾腹の子。
村上達哉
…一彦の父親。
 元忠とともに反乱軍に射殺される。
お静
…飛鳥家に仕えていた女中。
 一彦の母親。故人。
川本
…神門土地軽井沢出張所職員。
南条誠一郎
…金田一の同郷の先輩。
 金田一に自らの別荘を貸与する。
篠原克巳
…新現代音楽協会理事。
 津村の出演する音楽祭の主催者。
立花梧郎
…茂樹の父親。優れた音楽家。
沢村文子
…茂樹の母親。ピアニスト。
樋口基一
…操の夫。現在田園調布に在住。
房子
…基一の妾。
山崎智子
…津村の知人。熈子の同窓。
〔事件の概略〕
⑴昭和33年暮れ、
 阿久津謙三、交通事故死。
⑵昭和34年8月16日、
 笛小路泰久、死体で発見。
⑶昭和34年8月16日、
 田代信吉・小宮ユキ、心中。
 金田一の機転により
 田代は一命を取り留める。
⑷昭和35年8月15日朝、
 槙恭吾の死体発見。
 津村真二行方不明。
⑸昭和35年8月15日午後、
 忠熈、殺し屋スタイルの男に
 狙撃され救急搬送、命は取り留める。
 犯人を追跡していた秋山が行方不明、
 美沙も行方不明。

本作品の味わいどころ①
怪奇色を封印、打ち出した新機軸

描かれているのは
昭和35年8月14日から16日までの
三日間にすぎません。
その中で「犬神家の一族」
「女王蜂」のように、次から次へと
殺人事件が起きるわけではありません。
過去二件の関係者の死亡を別とすれば、
殺人事件は一件だけ
(終末にもう一つ死体が発見されるが)、
あとは殺人未遂が一件だけなのです。
その殺人事件の真相が、
なかなか明らかにならず、
したがって過去の関係者の死亡も、
事件と関係しているのかいないのか、
さっぱり見えてこないのです。
おどろおどろしい雰囲気で起こる
連続殺人事件ではないのです。

しかも「本陣殺人事件」の「三本指の男」や
「悪魔の寵児」の「雨男」に
該当するような「怪人物」も
見当たりません。
忠熈襲撃を行った
「殺し屋スタイルの男」が
それに近いのですが、
それとて暗躍するわけではなく、
襲撃前には数度目撃されたのみです。
したがって等々力警部が担当する場合に
多く見られた、
「エログロ色」さえ見当たらないのです。

かつて前面に出していた
「おどろおどろしさ」や「怪人物の暗躍」、
それに伴う「エログロ色」といった、
それまでの「怪奇色」を、
横溝は意図的に
そぎ落としたかのようです。
横溝が齢七十二にして打ち出した
新機軸を、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
意外な真犯人、やるせない幕切れ

多くの横溝作品の場合、
登場人物誰もが怪しい動きをし、
最も怪しくない人物が
真犯人だったというケースが
多いのですが、
本作品はその点でも異なります。
誰もが怪しくないのです。
それでいて、誰もが金田一と
どこかで対決姿勢を見せるのです。
犯人らしい人物を割り出せない一方で、
絶対犯人ではない人物を
特定することも難しい、
読み応えのある
長篇作品となっているのです。

その分、真犯人が判明する結末は、
やるせなさで一杯になります。
横溝はこんな残酷な結末を
用意していたのかと驚くばかりです。
どこまでも読み手に展開を読ませず、
どこまでも読み手の予想を裏切り、
最後の最後まで読み手を驚かせる
ミステリアスな作品なのです。
横溝が齢七十二にしてたどり着いた
新境地を、ぜひたっぷりと
味わっていただきたいと思います。

本作品の味わいどころ➂
周到な人物像、複雑緻密な仮面劇

表題の「仮面舞踏会」、
決して避暑地で舞踏会を
催すわけではありません。
登場人物の一人一人が
「仮面劇」を演じていることが、
最後に明かされるのです。
当然、絡んでくるのは「出生の秘密」。
これまでの作品以上に、
その点は緻密な構成を極めています。

上に登場人物を記しましたが、
かなりの数に上ります。
作者・横溝は、事件に関わっていない
故人にまで名前を与え、
その人物像を書き記しているのです。
まったく無駄のように思えるのですが、
最後まで読み終えると、
その人物の存在が事件の深層に、
絶妙に絡んできているのです。
まるで複雑な螺鈿細工を施した
工芸品のような緻密さです。
当然、その奥には
どろどろとした呪いのような血縁関係が
横たわっているのです。
横溝が齢七十二にして
さらに一層深みに達した作品世界を、
思う存分堪能していただきましょう。

たった三日間の展開が、
570頁に及んでいて、
その多くが関係者への事情聴取で
占められているため、
現代ミステリの速い展開に
慣れている方にとっては、
本作品の特に前半部分などは
冗長に感じられるかも知れません。
しかし最後まで読み味わえば、
そこに無駄な部分など
一つもないことに気づかされます。
本作品はもはや
エンターテインメントにとどまらず、
一つの文学として昇華しているのです。
横溝正史の恐るべき作品世界を、
ぜひご賞味ください。

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(2024.1.26)

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